ツール・ド・フランスのルート沿いの町~ 「ラ・ロッシュ=シュル=ヨン」


 ツール・ド・フランスのルート沿いの町~ 「ラ・ロッシュ=シュル=ヨン」

昨日の旅先の「フォンテネー=ル=コント」は、バ・ポワトゥー地方の中心地であったと学びましたが、本日はナポレオンのお陰でバ・ポワトゥーの中心地を引き継いだ、「ラ・ロッシュ=シュル=ヨン」に向かいましょう。


ブログではフランスの非常に歴史の深い町をご紹介しましたが、今回はフランスの他の町より比較的に新しい都市です!

1804年5月、フランス革命によって引き起こされたフランス西部の動乱をなだめる為、ナポレオン一世が政令を制定し、フランスの県庁の整理を行いました。その際には、ヴェンデー県の県庁であったフォンテネー=ル=コントが、ラ・ロッシュ=シュル=ヨンと言う新しい町に移されました。その場所が選ばれた理由は、地理的な要因です。海に繋がっているヨン川の存在があり、ヴェンデー県の真ん中に位置しています。その新しい町を描いたのは、CormierやValorという工学者で、町が五角形に形成され、4つの区で分割されており、大きい広場が真ん中に位置しています。その航空写真を見ると五角形の形を明らかに見ることができます。






真ん中に位置してるのはナポレオン一世広場です。その広場の元々の地図を読むと、国家憲兵所、ホテル・デ・ポスト(旧郵便局)、市役所、教会、裁判所、牧師館、劇場、ホテルなどの建設が予定されていましたが、実際に作られたのは、裁判所、市役所、サン・ルイ教会、高校、ホテルと女子高校になりました。現在その広場を散歩するなら、サン・ルイ教会がオススメです。







新古典主義建築の建物で、ナポレオン一世の命令で建てられ、1829年に完成されました。その建物の特徴は、フランス第一帝政の崩壊後に完成された建物で、建設の命令をしたナポレオンも完成した建物を見ることができませんでした。


広場の真ん中に立っているのは、ナポレオンの彫刻像です!


何処から見ても、ラ・ロシュ=シュル=ヨンにはナポレオンの存在を感じます!ただ、本人がその都市に対して不満であった、といわれています。1808年に、都市の工事の遅さに対して腹の立ったナポレオンが、« J'ai répandu l'or à pleines mains pour édifier des palais, vous avez construit une ville de boue »と言うセリフを言いました。意味は、「宮殿を造るため盛大に金を配ったが、泥の町が出来たではないか」です!厳しいや完璧主義な皇帝でしたね。



現在のラ・ロシュ=シュル=ヨン


現在は、広場にちょっと変っている動物園が出来ました。小さな池に、フラミンゴ、カバ、ワニなどの世界中の動物が見えます。ただ、本物ではなくて、鉄で作られたロボットなんですけどね!





町自体は花が豪華に飾られていて、のんびり散歩するのにいい町です。パリのサクレ・クール寺院の小さいバージョンも出来まして、建築的に素敵です!

では、そのプチサクレ・クールの写真で本日のブログの閉幕としたいと思います。次の「ツール・ド・フランスのルート沿いの町」の旅先は、ツールの個人TT(タイムトライアル)ステージの舞台になったショレです。では、お待ちしております~










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