ヘルマン・ヘッセの故郷カルフへ


マウルブロン修道院

ヘルマン・ヘッセ(1877~1962)は日本でも人気の高いドイツ人作家(後にスイス国籍取得)。中学校の教科書に「少年の日の思い出 高橋健一訳」の一節が載っていました。それから、思春期を迎えヘッセの著書はほぼ読みました。こうありたい自分と世間との折り合いがつかずに思い悩む若者にとっては、共感の多い作品群だったと思います。

ノーベル文学賞も受賞したヘッセは、ドイツの黒い森の小さな町カルフで生まれ、テュービンゲンとバーゼルで書店員として働き、最初の新婚生活をガイエンホーフェン(ボーデン湖沿いの村)で過ごし、スイスのベルンにも住み、そして1919年にはスイスのルガノ近郊の村モンタニューラに移住。亡くなる1962年までの40年以上、ルガノ湖を望む高台の美しい家で暮らしました。

これから、4回に分けて不定期でヘッセの暮らした町を順番にたどっていこうと思います。今回は、生まれ故郷カルフとマウルブロン修道院をご紹介します。

ヘッセは1877年に宣教師の父と宣教師の家庭でインド生まれの母のもとに誕生。どちらもプロテスタントの敬虔主義を基盤とした家庭でした。早熟で頑固な子供だったといいます。1891年14歳で優秀な成績で合格して、マウルブロン修道院の神学生となります。しかし、わずか半年で厳格な生活に馴染めず、脱走、抑うつ的になりカルフへ戻されます。マウルブロン修道院は、天文学者のケプラーや詩人ヘルダーリンも学びました。中世はシトー会の修道院でしたが、宗教改革後はプロテスタントの神学校となりました。修道院としてはドイツで最もよい状態で残されていて、ロマネスクから後期ゴシックまでの建築様式の推移も楽しめます。また、粉引き小屋やパン屋、旅館など修道院附属の建築群も昔のままに保存。1993年世界遺産に登録されました。美しい中庭を囲む回廊や、噴水など、足を延ばしてもお勧めしたい建物です。マウルブロンへはシュトゥツガルトから電車とバス及び徒歩で1時間半ほどになります。車であれば40分程度です。

カルフのマルクト広場

カルフは黒い森の北の玄関と言われています。木組みの家々が可愛らしく、小さいけれども活気ある美しい町です。ここには、ヘッセの生家やヘルマン・ヘッセ博物館があり、作品と生涯、晩年よく描いた水彩画などが展示され、世界中からヘッセファンが訪れています。


次回は書店員として務めたテュービンゲンの町をご紹介しますね。カルフへは、シュトゥットガルト中央駅から列車とバスで1時間15分程度です。

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