フランスに羊飼いの営みをたずねて


牧羊国、というと、皆さんはどこの国を思い浮かべるでしょうか?

  

やはりオーストラリア?イギリス?
 2016年の統計によると、世界一羊を飼う国は断トツで中国。次いでオーストラリア、インドとつづき、英国が7位。日本にいたっては153位と、上位に遠くおよびません。


人類最古の職業「羊飼い」
そもそも「羊飼い」という仕事は、職業としてもっとも古いもののひとつで、約5000年前にはすでに存在していたといわれています。群れを他の動物の捕食から守り、また草を十分に食ませるために牧草地を移動するのがおもな仕事。自然にいだかれ、ときに対峙し、群れを守る知恵をもつ羊飼いは、ある種憧れの対象ですらあり、古くからさまざまな芸術作品のモチーフとして登場します。旧約聖書に登場する預言者モーゼや、フランスの国民的ヒロイン、ジャンヌ・ダルクも羊飼いだったとされています。

 

 

今では某家庭教師派遣会社のキャラクターですが、かのテレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」は、アルプスの大自然や、夏のあいだの山小屋暮らしというものを、私たちに教えてくれました。ハイジのともだちペーターは、羊飼いならぬ「山羊飼い」でしたが、少年ながら自然をよみ、群れを率いて生業を得る、ちょっぴり頼もしい存在として描かれていたように思います。

  

「移牧」と「移牧祭り」

フランスはミディ・ピレネー地方やプロヴァンス地方などには、「移牧」という牧畜のスタイルが今もなお引き継がれています。ふもとの村々で飼われている羊や牛たちを、初夏の気配とともに、冷涼で新鮮な草のある高地へと移動させるのです。ここで家畜の群れは数か月を過ごし、滋養をたくわえて秋にはまた村へ下りてくるという仕組み。かつては数百から数千頭もの群れを、羊飼いと牧羊犬が何日もかけて歩いて率いたようですが、現在ではトラックでの移動が主です。それでもこの移牧の日が特別な日であることには変わりなく、今でも村々で「移牧祭りFête de la Transhumance」がにぎやかに行われています。

 

家畜らはこの日、村の広場や道々に集められ、とりどりの美しいベルで飾られることもあります。人々は村をあげての祭りを楽しみ、羊飼いと群れの安全を祈るのです。

 



  
   

 

犬は相棒

羊飼いがともに働く牧羊犬は、まさに彼らがが生み出したもののひとつ。命令をよく聞き分け、群れを集めたり分けたりして率い、ときに迷子になった家畜を探しにいくこともあります。

 

近年フランスでは、環境保護が奏功してか、絶滅したかに思われたオオカミが回帰し、家畜の群れを狙うことが珍しくなくなりました。年間10,000頭もの羊が、放牧中にオオカミの捕食にあっているとのデータもあります。それでもオオカミを保護動物とする政府に業を煮やして、羊飼いたちがデモを起こしたほど。2014年のパリのデモでは、羊飼いたちが300頭もの家畜を連れてエッフェル塔に大集結。まさに伝統の「移牧」さながらに、農業省、環境省へと、パリの町を大移動しました。

機敏さを重視して小型化していた牧羊犬も、捕食者と張り合える体躯と資質が求められ、ふたたび大型犬にシフトしつつあるようです。ピレネー犬(グレートピレニーズ)は大型の牧羊犬の代表格。地元ピレネー地方ではパトゥPatouと呼ばれ、親しまれています。

ルルドからほど近い、アルジュレス・ガゾストArgelès-Gazostの村は、「ピレネー犬祭りLa Fête des Chiens des Pyrénées」が行われることで知られ、フランスのみならず世界中のピレネー犬愛好家が集まります。今年の開催は9月15~16日。牧羊犬としてのさまざまなデモンストレーションが見られるほか、400頭ものピレネー犬を集めてのコンクールも行われます。羊飼いと牧羊犬の仕事にふれる、またとない機会だと思いませんか?

 



羊飼いがつくった道

フランス中央山塊Massif centralの南、セヴェンヌ地方、コース地方には、そんな羊飼いたちが生み出した景色が残っています。彼らが高原に羊を連れていく営みが、千年をこえる歴史のなかで「道」をつくり、景観を成し、自然と共存する農牧業のスタイルが生まれました。

 

この地が発祥の「ロックフォールチーズ」も、まさに羊飼いが風雨をよけるために、自然の洞窟を利用していたことに由来します。この洞窟に存在していたカビが、チーズに豊かな風味と芳香をもたらすことを、羊飼いが日々の仕事のなかで発見したのです。その美味しさでたちまち評判となったこのチーズは、15世紀にはすでに、当時の王によって独占的製造が許され、その品質を守るための法律まで制定されたといわれています。今でもAOC(原産地認証統制)によって管理され、「ロックフォール」を名のるチーズは、かならずロックフォール・シュル・スールゾン村(Roquefort-sur-Soulzon)の洞窟で熟成されることになっています。





「チーズの王様」ロックフォールチーズ(上)とロックフォール村(下)

こういった自然と人との相関関係は、「コースとセヴェンヌ、地中海の農耕・牧畜の文化的景観」というタイトルで、ユネスコの世界遺産にも登録されました。もともと二つの国立公園を抱え、東京都の1.5倍以上の面積の自然を保護しているエリアですが、エコツーリズムに注力していることでも定評があります。家畜の世話、チーズ作り、星降る山小屋での一夜……人間が古くから積み重ねてきた、何でもない暮らしを追体験することができます。月並みな言い方ですが、物や情報におぼれている現代人にとって、本質にふれる数日間になるのではないでしょうか。

 
フランスに、多くの歴史的建造物を訪ねるのもよいですが、こういった場所に自然の景観や、伝統の暮らしを訪ねるのも、大いにおすすめしたいところです。最古の職業といわれる「羊飼い」の日々に思いをはせ、フランスの大地を見渡してみませんか?人間の営みのゆりかごとなった風景がそこに広がっています。



セヴェンヌ地方の山々(上)放牧の風景(下)







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