ニューヨークにセントラルパークが、ロンドンにハイドパークがあるように、パリにも大切な市民の憩いの場、巨大な緑地帯があります。それが「ブーローニュの森」と「ヴァンセンヌの森」。パリ20区をエスカルゴに例えるなら、その東西に頭としっぽのように突き出たところがそれにあたります。パーク(公園)といわずに「森」と呼ぶあたりが、なんともミステリアスで、想像をかきたてられると思いませんか?
まさしく、森はさまざまなものを内包し、ときに静かに、ときに賑やかに、市民に寄り添っています。今日はそんなパリの森に分け入ってみたいと思います。
パリの森といえば……「ブーローニュ」
パリの西側、高級住宅街16区に構えるのがこのブーローニュの森。広さ約845ヘクタール、東京ドームにするとなんと180個分の広さを誇ります。その昔、修道院の領地であったこの森は、12世紀には狩猟場として貴族に買われ、百年戦争の荒れた時代には山賊のすみか、フランス革命時には逃亡者の隠れ家と、さまざまな役割を果たしてきました。
市民に開かれたのは19世紀。ナポレオン3世の肝いりで行われた一大都市計画事業「パリ改造」の時でした。イギリスに亡命中、公園の緑に心癒されたというナポレオン三世は、ロンドンのハイドパークの美しい湖や小川、そしてすべての階層の市民から愛されているその人気に、ひどく感銘を受けたのだそう。まさに「森」の整備の着想は、このハイドパークからだといわれています。
さて、森の中には何があるのでしょうか?
テニスの全仏オープンの会場である、ローラン・ギャロス・スタジアム、そして凱旋門賞が開催されるロンシャン競馬場があるのは有名なところ。その他でも、バラ園が素晴らしいバガテル公園は、マリー・アントワネットが義弟のために美しく改造させという歴史をもっています。
森の中には、瀟洒なレストランも隠れています。なかでも、一度は訪れたいのが、湖の浮島に建つ「ル・シャレ・デ・ジルLe Chalet des Iles」。ナポレオン三世が妃ウージェニーのために建てたとされるこのシャレーは、スイスにあった実物を解体し、電車で運ばせ、再建したもの。クラシックな店内も素敵ですが、森を眺めながら水辺のテラスでとる食事は、ピクニックのようで格別です。
しかし森は、夜には別の表情を見せるのでご用心。どこからともなく現れる娼婦(夫)たちが、森を仕事場にするのです。ここに人間の欲望をも包み込む森のすがたがあります。パリっ子たちも近寄らない夜のブーローニュの森、日が暮れてからは、気軽な冒険心から訪ねることはやめたほうがよさそうですね。
お城好きの意外な穴場……ヴァンセンヌの森
東側、12区にあるのはこちら、ヴァンセンヌの森。ブーローニュよりも広いこの森は、ニューヨークのセントラル・パークの約3倍の面積。貴族の狩場だったこの森もまた、ナポレオン三世によって市民の森として開かれました。
特筆すべきは今もなお堂々たる姿を見せるヴァンセンヌ城。ルイ7世の狩猟中の休憩所として建てられた館は、歴代の王の改造により堅牢な城へと姿を変えました。52メートルもの高さを誇るドンジョン(天守閣)からは、深い森一帯を望むことができます。
質実剛健たるこの城は、外見に華やかさこそありませんが、歴代のフランス王に親しまれた城でした。この城で結婚式をあげた王、生涯を終えた王もあり、かのルイ14世が、マリー・アントワネットとのハネムーンに訪れたことでも知られています。
しかしながら諸行無常の理はフランスでも同じこと。17世紀になるとこの城は打ち捨てられ、牢獄となり果てます。有名なところでは、「サディズム」の由来となったサド侯爵(マルキ・ド・サド)もこの城に収監されていました。かれは長大な作品を主に獄中で書き上げたといわれていますから、そんなことを想像しながら訪ねるのも面白いかもしれません。
競馬場や動物園があるのはブーローニュと同様。パリ花公園Parc floral de Parisは、花々の美しさのみならず、夏の週末行われる音楽イベントでも人気です。
西のブーローニュに比して、より庶民的で親しみやすいとされるヴァンセンヌの森。パリ市民の普段着の顔が見られそうですね。
パリ・リヨン駅からトランシリアンTransilian(郊外列車)で約40分、フォンテーヌブローの森は今や知る人ぞ知る「ボルダリングの聖地」。広大な森には、自然の造形のたまものである巨石が点在し、それらがクライマーたちのチャレンジの課題となっています。その数およそ27,000!クラッシュパッド(着地時の衝撃緩和用マット)なしでもトライできるレベルの課題もあるのだそう。トライはあくまで自己責任ですが、ファンなら一見の価値がありそうです。
フォンテーヌブローについては、こちらのブログもどうぞ!