不安になった。ドクターが血圧を見る。
「パーフェクト!」 ホッとした。と、同時に力が湧いてきた。
鼻血も無事に止まり、Marla のエイドで食べ物を物色。すると、このエイドにはレユニオン名物の「ソシス ランティーユ」というソーセージとレンズ豆のパスタがあり、ものすごく美味しそうな香りが漂っていたので、頂くことに。
CILAOSで体調を崩してから、まともな食事は初めて。おそる恐る口にして見る。
「…う、うまーい!!」思わず声に出た。
厚めの皮のソーセージを噛むと、ジュワッとスパイシーな肉汁が口に広がり、絶妙な塩加減。パスタとレンズ豆のソースも最高の相性で美味すぎる! 泣きそうなぐらい美味い。これならいくらでも食える! 夢中で絶品ソシス ランティーユを平らげ、エイドのスタッフに駆け寄る。
「うまいよ!これ美味すぎる!だからおかわり!大盛りで!」エイドのお姉さんが爆笑し、お代わりをくれた。 山盛りの二杯目もペロリと平らげた。みるみる力がみなぎってくるのがわかる。
幸せに満たされていた。美しいレユニオンの大自然と最高の地元料理。さっきまでの地獄の苦しみを忘れ楽しさが溢れていた。
絶対ゴール出来る。この Marlaのソシスランティーユが私にそう思わせてくれた。
ここから、私の快進撃が始まった。Marla72kmから先は Mafateと言われるレユニオン内で最も山深い過酷なアップダウンが繰り返すエリア。
車は入れず、エイドへの物資は全てヘリで運ばれるほど山深い。
何度も何度も急峻な山を越えては下り川を渡ってまた登り返す。体は劇的に動いた。
まるで山の精霊が体に宿ったかの様に体は軽く乳酸の痛みを全く感じなかった。
87kmのSentie Scoute 19時間05分 331位で到着。実に約200人この15kmで抜かす。
ジャラベールは17時間06分 190位で通過している。
Sentir Scoutであずけていた 「カレー飯」とカルピスオレンジを補給。カレー飯はウルトラトレイルの必携品に認定しても良いと思う。美味すぎる。
この神がかったランニングハイをできる限り長続きできるように、丁寧に丁寧に気持ち良さに任せて飛ばさず、ランニングハイを最大限節約して引き延ばすイメージで進み続ける。
登りではひたすら抜かし続けた。面白いようにひたすら抜いた。途中でCILAOSで吐きまくっていた時、すごく心配してくれたランナーに追いつくと、覚えていてくれて「おい!おまえ!復活したのか!何だ、全くフレッシュじゃないか!信じられない!さっきとは別人だな!めいいっぱい楽しめよ!」と、声を掛けてくれた。
「自分でも信じられないよ、Marlaのソシスランティーユが美味すぎて、そっから絶好調なんだ!」そう言葉を交わし、まるで鹿のようにサクサクを山道を走った。この辺りは近年稀に見る山の精霊降臨状態で、まるで自分がレユニオンの動物になったような最高のランだった。
次第にに回目の夜が近づき、夜がやって来た。いったい何回山を越えたかわからない、何だかミスコースして同じ山を何回も登っているような感覚になる。前を見るとはるか下にライトが光、後ろを見ると谷を挟んで谷底からさっき降って来た山の上までチラチラとライトが光っている。
はるか向こうにもチラチラと山の高いところに光が見える。疲れていたらその光に滅入っていたかもしれないが、今の私は登りが全く怖く無かった。無限に登れるような感覚だった。
ランニングハイをキープしたままついにラスボスと見ていた高低差1000mピークは2020mのMaido 麓のエイド Roche plate106km に23時間57分 315位で到着。
ジャラベールは23時間15分 225位で通過している。
私はこの時点でジャラベールとのタイム差も順位も分かっていなかった。だが感覚的に彼に迫っていることを感じていた。CILAOSで一度は諦めたスーパースターの背中が見えて来ていると感じていた。
そそり立つ壁のようなMaido、レユニオンの最難関だが、じつは本当のラスボスは。。。
このエイドには高低差1000mを手前に戦意喪失したランナーが多く横たわっていた。サバイバルブランケットに包まれた体がたくさん横たわっていて、食べ物を掴んだまま眠りそうなランナー、唇が紫で吐き気と格闘するランナーだらけだった。
私はまたソシスランティーユが食べたかったが、このエイドには無かった。さらに次に好きなPatate douce ふかし芋も無かった。これは計算外だった。 食べれる物がない。しかし最大の難所を越えるには食べなくてはならない。仕方なくパンケーキとパテの塗られたパンを食べた。頂上のエイドまでは4.5kmと言う。
しかし、めちゃくちゃきついぞ!との警告。
夜でかなり冷え込んで来ていて、あまり長く止まりたくなかったので、5分ほどでエイドアウトした。
この時 2日目の夜10時に突入。私はここまで一睡もしていない。短いエイドストップだったが体が冷えてしまい、震えがきた。早く温めるためにとにかく進んだ。
この時間からラスボスに登ることを敬遠したのか、ほとんどランナーの気配がなくなり何度もロストしたのではないかと不安になる。
実際一度コースミスし、ものすごい崖の行き止まりになり、元に戻る。
体のバランスが悪くなんども転びそうになる。
さらに容量十分だったはずのベッドライトが暗くなり始め、ウエストライトの光量も減少。なんてこった…。スペア電池を送るエイドを間違えてしまったのだ。すでに一度電池交換していたが、そのバッテリーの持ちがなぜか悪い。
視界が悪くなんどもつまづき始め、さっきまで無限に登れそうだった足がついに重くなる。
このMaidoの登りのために丁寧に節約して来たのだが、今一歩足りなかった。Maidoの登りは、これまでの登りを凌駕するキツさだった。腕を使わないと登れない急登が多数出現し、右側は漆黒の奈落の底、ものすごい崖でほぼ真下にかすかな灯りがちらつく。万が一眠気でふらついて落ちたら死ぬ。
前にも後ろにもランナーの気配がなくなり、私は目に見えぬジャラベールとのバトルを不思議と妄想していた。マイヨアポア着るスーパースターのジャラベールに食らいつき、ひたすらアタックをかけ攻め続ける自分をイメージしながら自分を鼓舞し続けた。俺があのスーパースターを超えられるチャンスはここしか無いんだ!足元にも及ばなかった自分が、彼を超えられる一生に一度のチャンスかもしれないんだ!そう繰り返した。
Maidoの登りは1900mあたりまで登ってからなかなか頂上にたどり着かなかった。ちょっと登っては下り、頂上にたどり着かせてくれない。
やっとの思いで頂上にたどり着くが、エイドはここから約20分だと言う。
頂上は寒く風が体温を奪った。今大会初めてゴアテックスジャケットを羽織る。足は走れなくなった。早足でエイドを探すがなかなか着かない。またゲップが出始め、内臓トラブルの予兆を示す。危ない。2度目は回避したい。エイドはまだか。
ふと空を見上げると、信じられないくらい眩しいオリオン座が見える。ふと、ベッドライトを消した。
「うわぁ!なんだこれは!」
見える全ての星が一等星のように眩しく光り、まるでプラネタリウムの中にいるように凄まじい星が見える。オリオン座がこれほどギラギラと光り輝く姿は初めて見た。なんて眩しいんだろう!
レースの苦しさを忘れ見とれてしまう。
さあ、エイドへ急ごう。とにかくここは寒い。次のエイドも長く止まれない。ここからながい13kmの下りですぐに標高が下がらない。
やっとMaido tete dure 113km には26時間19分 263位で到着。
ジャラベールは27時間36分 290位で通過しており、つまりは私は最大の山岳、ロードレースで言うならば最後の超級山岳でジャラベールを抜かし引き離したのだ!
ここまで最大2時間以上遅れていたが、ついにこの最大の難所 Maidoで、ジャラベールを抜いた!!
エイドは寒く温かいスープと紅茶を補給。レインパンツを履いてグローブをした。
相変わらずソシスランティーユは無く、ガッカリしたが ふかし芋があったのでしっかり食べる。
みるみる体が冷え、早く進まなくては危険だ。
・・・つづく