2019UTMF「グザビエと過ごした1週間」②グザビエの食事とコース試走


2020UTMF大会当日、あくまで個人的な思いではあったが、ものすごく天候が荒れてまた雪でも降らないかな、と密かに思っていた。
もしそうならば、今年コロナによって参加出来ずに無念の思いを持っている人たちも、ほんの少しは救われるのではないかと、不謹慎と思いながらも、悪天候になる事願っていた。

でも皮肉なもので、今年は明るい太陽が照らし続け絶好のUTMF日和の天気だった。
どうか2021年も同じような天気になりますように・・・
そう願いつつ、こんな時に限っては良い天気になる空を少し恨めしく思った。 

2019「グザビエと過ごした1週間」②グザビエの食事とコース試走
【共同生活の自炊メニュー】


Team Asicsは、滞在中スケジュールに無理がないときは極力自炊生活だ。 プレスカンファレンスや受付など食事の準備が間に合わない時以外は極力貸別荘内で料理をして食べる。

夫婦でもう5年以上グザビエをサポートし続けているキャティさんが料理係。

とにかく常にヘルシー。必ず「味噌汁」をつくり、最初は「ブロッコリーと人参、タコとレンズ豆の味噌汁」という斬新な内容。日本人には作れないレシピだ。


しかしながらアスリートに必要な栄養素が揃った食事だ。これに選手たちはご飯を入れて、猫まんまののようにして食べている。

ブロッコリー、ニンジンとタコとレンズ豆の味噌汁ねこまんまグザビエ食

味噌汁用のお椀に一杯程度で、私が知っている一般ランナーが食べる量に比較すると相当量が少なく、私なんかは腹が減って腹が減って、常時空腹な感じだった。

でもそのぐらいで抑えることが、より胃の吸収や消化が良くなり、内臓疲労が少ない状態でスタートできるのではないかと推測する。


水もたくさん飲むが、基本炭酸水を好んで飲んでいた。

唯一の贅沢はグラス1ー2杯のワイン。

グザビエはワインが好きらしく、夕飯時になると、飲みたそうにワインボトルを抱きかかえて待っている。
このワインボトルを抱えて、ニコニコしている姿がなんとも子供っぽくて愛嬌があった。

【フランス人らしからぬ朝食】


私が帯同中、一番意外だったのは彼らの「朝食」だ。

今までもフランス人のアスリートとはたくさん接してきていたが、朝食は大抵「シリアルとパン」で、ジャムを塗ったり、「ヌテラ」というチョコペーストだったり、フランスの一般的な朝食は大抵甘いもので形成されていた。


Team Asicsの朝食風景





しかしTeam Asicsでは、朝食では「オムレツか卵焼き、ご飯、ハム、野菜ジュース」など、日本の朝食に近い食事、どちらかというと「しょっぱい系の朝食」を用意しており、これはフランス人アスリートとしては、私個人としては初めての出会ったタイプだ。


「ご飯と味噌汁、焼き魚や海苔、卵が出る日本食はとても良い」と、グザビエは語る。
これまで出会ってきたフランス人アスリートの大半は
「朝食に魚を食うなんて、絶対に無理!」
というアスリートが殆どであっただけに、グザビエの日本食に近い朝食には驚いた、
もちろん、ブノワやシルヴァン選手も同様の朝食を食べる。


お茶も「暖かいほうじ茶」などを飲んでおり、コーヒーはスタッフだけ。

いろいろ観察していると 砂糖の糖分はほぼ完全にカットしていた。

【食卓はグザビエが率先して用意する】
グザビエはとにかく規則正しい生活をしていた。朝は6:30頃迄には必ず起床していて、ノートPCで自分のトレーニングデータと起床時の安静心拍数などを管理していた。 
じっとエクセル表を見つめて、自分のコンディションの状態を確認しているようだった。

必ず毎朝自分のノートPCのエクセルファイルとにらめっこしているグザビエ
朝食は7:00過ぎには用意し、夕食は18:30くらいから準備して19:00までに食べれるようにいつも自ら必要な食器などを机に並べ始める。 
グザビエ自身がコーチのローランさんやメディアのアントワン、しいては私の箸や取り皿までテーブルに運んでいるのを見て、申し訳ない気持ちになった。

自ら率先して配膳するグザビエ
とにかく何でも率先して準備をするのであった。 練習に出かけるときも誰よりも早く準備して玄関の前で待っていた。
フランス人でこれほどまでに日本人のように「5分前集合」して「時間ぴったりに出発」する人は初めてだ。 グザビエはきっと日本文化にすぐなじめるだろう、そう思った。



【4月23日 A8二重曲がりからA9富士吉田 最難関区間を試走】


到着翌日はついに念願の富士山が顔を出した。

快晴とまでいかないものの、試走起点の二重曲峠からは美しい富士山が見えた。

ここまで良い絵が撮れていなかった、メディアのアントワンもここぞとばかりにさまざまなムービーを撮影。
Team Asicsは「Fuji Spirits」というアシックスのトレイルシューズに「Fuji」の名前が配されていることからもこのUTMFで多くのイメージショットを撮影して、ムービーを作成し、毎日それを更新するというミッションがあった。
その為、練習中や合宿生活の中で、このメディアのアントワンがたくさん撮影を行い、UTMF遠征のムービーを作成してゆく。
二重曲がり峠には小さな神社があるのだが、そこに「山の神」と掲げられている鳥居がある。
私はこれはまさしくグザビエの為にあるような鳥居だと思い、グザビエに「ぜひ山の神の君にそこに立って写真を撮らせてほしい!」とお願いした。

「山の神は僕じゃない」と照れ臭そうに「山の神」鳥居の下で写真を撮られるグザビエ
するとグザビエは
「山の神は僕じゃないよ!」
「山の神は『キリアン』だよ!」
と答えたのである。
実は「キリアン、デンヌ」をどのようにグザビエは見ているのか、その関係性に迫ってみたい、という思いはかねてからあった。3人とも「UTMBを3勝」している世界で最も強いウルトラトレイルランなトップ3だ。
キリアンやデンヌをライバル視しているのか、それとも彼らの方が上だと思っているのか、もしくは自分の方が強いはずだ、と思っているのか。そこにとても興味はあった。
でもなかなか聞き出すチャンスはなかった。
しかし、この鳥居の下でグザビエは「山の神はキリアンだ」とはっきりと明言した。

【山の神『キリアン』】
すかさず「どうして山の神は『キリアン』なんだい?」とすかさず質問してみた。

するとグザビエは「キリアンこそが山の神だよ。自分はその領域には到底たどり着いていないよ」
とキリアンをリスペクトする言葉が聞かれた。
これにはちょっと驚いた。実績からしてもキリアンに劣らぬグザビエだが、そのグザビエをもってしても「キリアンの絶対的存在」を尊敬しているようだった。
確かに多くのトップランナーがキリアンのその野性的な走り、特に下りの速さは神がかっているという言葉をよく聞く。
キリアンはかねてから、より危険でテクニカルな山を、まるで獣のごとく駆け上り、そして駆け降りる「スカイランニング」に軸足がある選手だ。 UTMBなどの100マイルレースは本来キリアンが最も輝きを放つフィールドではない。 そしてグザビエやデンヌといったウルトラトレイルがメインフィールドのアスリートからすると、あのキリアンの人間離れしたテクニカルな下りの速さは、彼らには到底まねできない物だ、という認識があるようだ。
それに対して、「フランソワ・デンヌ」に関しては、完全に同じ土俵のライバルであると認識しているようにも感じた。
グザビエは2017年のアメリカ「ハードロック」という最高地点が4000mを超える、世界で最もアベレージ標高の高いレースの一つである「ハードロック」でトップを走りながら、補給を禁止されたエリアで行った、という理由で「無念の失格」を喫していた。その時、彼は「フランソワデンヌ」をリードしてゴールを目指していた。
そのことは「今でもとても悔しい」と勝てるはずだったレースを逃したことに、強い悔しさをにじませていた。



【グザビエと一緒に走る】
そして日本のただのおっさんランナーの私が、グザビエの練習に付き合うという夢にも思わなかった瞬間がやって来た。


グザビエは待ちに待った山に、早く走りたくてうずうずしている様子。 二重曲がり峠まで車で移動し、A8エイドの場所で準備をする。
そしてA9までの杓子山を含む、UTMFで最も難関となる勝負所を試走する。ここは杓子の登りを含め下りも非常にリスキーであり、試走するには最も重要なセクションだろう。
このコースを案内するにあたり、事前にサロモンの丹羽薫選手、大瀬和文選手、をはじめ星野ゆかり選手やニューカレドニアで4位になった地元の竹内正弘さんと一緒に事前に試走した。 

自分が間違ったコースを案内してしまい、グザビエのUTMFに影響が出ては絶対にならない。
いよいよA8二重曲がりから試走開始!
私は少しでも長くグザビエの後ろについていこうと思っていた。レースまであと3日、いくら速いとは言ってもさすがにかなり抑えて行くだろうと見ていた。
しかしそんな目論見は走り始めて30秒で粉砕される。。
「速い、速すぎる。。」
グザビエは走り始めると実に軽々とジョグしているが、こっちはあっという間にレッドゾーンに。
走ろうと思えない急な登りもサクサク走っている。こちらは必死でパワーウォークするしかない。 みるみる差が広がり、あっという間に引き離された。
結局あっという間に女子選手のシルヴァン選手とコーチのローランさんと3人で走ることに。

この日は初めて素晴らしい富士山を見ることが出来て、皆大喜びだった。
コースにはすでにしっかりとUTMFのマーキングがされており、それが余計にグザビエのペースを上げた。
「まだマーキングついていなければよかったのに…」
と密かに頭で思う。マーキングが無ければ分かれ道でグザビエ等合流して自分が教えてあげられるが、マーキングが完了していたらグザビエ一人でも最後まで行けてしまう。
しかし、これが後でちょっとしたトラブルを起こす。

多分一緒に走れたのはほんの5〜10分くらいだったけど、世界で最も強いウルトラトレイルンナーの一人と、こうして試走できるなんて夢のようだ。


女子選手のシルヴァンもなかなか速く、結構ついていくのが辛い。


シルヴァン選手の試走も十分早いペースだった。




大会まで後3日のトレーニングだから、相当ゆるゆる行ってくれるかと思いきや、こちらがどんなに必死に追いかけても、一瞬でグザビエの姿は見えなくなった。

これでも私は一応サブスリーランナーだし、ハセツネもサブテンだが、まるで次元が違う。 正直これほど一瞬でついていけなくなるとは思っていなかった。。。
やはり世界の頂点の速さは別格である。

【グザビエがいない】

猛スピードであっという間に我々の視界から消えたグザビエは「杓子山」を越えて、下りきったロードに出ても姿を現さなかった。このロードに出てからはまだマーキングがついておらず、私は試走した時の記憶をもとに、A9の富士吉田中学校の校舎迄コーチのローラント、シルヴァン選手と向かっていた。

約束の合流ポイントに先回りしていたキャティさんが車で待っていて、そこで今日の試走を終えた。

しかし、そこにグザビエの姿はなかった。

ローランが「グザビエは?」
キャティさん「まだ来てないよ」

私、「これはまずいな…」

間違いなくロード区間に入ってからマーキングが無い場所でロストしている。
それほど大きな範囲ではないはずだが、全く知らない土地では数百mずれても見つからない。

急いでコースを逆走し、ロードの入り口あたりまで探しに行くが姿は見えず。
いやあ、参ったな。

グザビエは携帯を持っているが、こちら側からグザビエの携帯には発信できない。
グザビエが連絡してくれるのを待つしかない。

しばらくしてグザビエから電話が
「長ーい直線のロードをまっすぐ来て、一個目の信号のところにいる」

この情報だけで探すこととなった。
「きっとあそこだろう」

と私は目星をつけてキャティさんに底を案内すると

「いた!」

ホッと胸をなでおろす。ここで完全に迷子になって2.3時間さまよって風邪でも引かれたら大変なことになる。
まよってイラついていたらまずいな、と心配したが、グザビエはいたってケロッとしていて、
「あ~あそこで間違えたのね!急にマーキング無くなったから」
と笑っていた。


【4月24日 A9からゴールを試走】


大会2日前は1時間の練習。最終区間であるA9のトレイル入り口に私の車にグザビエを乗せて、連れていくことになった。

普通に私の車の助手席にグザビエが載っているのは、不思議な感じだったが、妙に馴染んでもいた。

レユニオン2連覇中で、ストック無しのレースではグザビエに勝るとも劣らない実力者であるブノワ・ジロンデル選手はアキレス腱に故障を起こしており、私が自宅から持参したロードバイクでバイクトレーニングをしていた。

私のロードバイク、さらにシューズ迄サイズがぴったりだったブノワ。


昨年は「ディランボーマン」と「パウカペル」の勝負はこの最終区間の下りまでもつれた。そのことをグザビエに伝えながら、A9エイドから最後の下山に入るトレイル迄車を走らせる。
かなり熱心に昨年の展開を聞いてくれて、到着まで話が途切れることはなかった。
全てのコースを試走できないグザビエにとって、出来る限りの情報を頭にインプットし、絶対に勝利するという執念を感じた。
前半は天子山地までは、下り基調で約30㎞以上ひたすら走れるコースであること、天子から麓エイドまではかなり距離時間共に必要で、事前の補給を絶対にミスってはいけない事、勝山エイドから先は非常に長い間ロードや平坦が続くことなどを、出来る限り詳細に助手席のグザビエに教えた。

グザビエの実力からすれば、A7山中湖以前に決着がつく可能性は高いものの、もつれた場合は杓子、霜山で勝負することとなる。


A7 山中湖きららまでの平坦区間までついて来られる選手がいた場合は、無理に仕掛けず、力の差が問われる終盤のこの区間で動くべき、という考えは私と同じだった。


ゴール前の河口湖畔ロードを行くグザビエ。

霜山のトレイル入り口までのロードがロストしやすいポイントなので、しっかりとコースをグザビエに教え、霜山の最後の上り口まで送り、車で先回りしてトレイルの出口に移動する。
グザビエは50分ほどで現れ、
「このコース最高!」
と下山のふかふかシングルトラックに胸を躍らせていた。

「ずっとこんなコースだったらいいのに!」
とUTMFのA7山中湖きららからゴールまでのコースはすごく気に入ったみたいだった。
グザビエの目が輝いていた。

コースを気に入ってくれて、テンションが上がっているのが手に取るように分かった。
それは自分にとっても嬉しいことだった。最も苦しい勝負所のコースが自分の好きなコースで、良いイメージを持ってスタートできることは、とてもポジティブだ。

良い感触で最後の試走を終え、午後は受付、プレスカンファレンスだ。

その3へ続く…








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